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福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)795号 判決

原告 太田雅章

右訴訟代理人弁護士 水崎幸蔵

被告 国

右代表者法務大臣 小林武治

右被告訴訟代理人弁護士 国武格

右同指定代理人 江口行雄

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

1  被告は原告に対し金八八万〇〇五〇円およびこれに対する昭和四四年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

1  原告は債権者訴外合名会社柴六商店債務者訴外岩田良一間の福岡地方裁判所昭和三三年(ケ)第五三五号不動産競売事件において別紙目録記載(以下本件土地という)を競落し昭和三五年三月四日競落許可決定を受け右決定は確定し同年四月六日福岡法務局二日市出張所受付第二四四〇号をもって右競落を原因とし所有権移転登記を完了した。

2  しかるに訴外中川康隆は本件土地を国から借り受けたと称して本件土地上の一部に木造瓦葺平屋建住居一棟約四九・五八平方メートル(約一五坪)を建築するとともに本件土地全部を占有するに至ったので原告は昭和三六年三月三日右中川に対し建物収去、土地明渡請求訴訟を福岡地方裁判所へ提起し、右訴訟は同裁判所昭和三六年(ワ)第一八〇号土地明渡請求事件として係属するに至った。被告国は右訴訟につき同年四月六日右中川の補助参加の申出をなした。

3  右訴訟における被告国の主張の要旨は次のとおりであった。

(一) 本件土地は福岡県知事が昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第三〇条に基づき買収し、その後昭和二四年八月一日同法第四一条に基づき訴外足立知信にこれを売渡したものである。しかして国が昭和三〇年八月三一日および昭和三一年五月一四日の二回にわたり農地法所定法条に則り右土地の状況を検査したところ、前記足立は東京都に転出し、本件土地を農地に供していないことが明らかになったのでこれを買収することとし、福岡県知事において昭和三二年七月一五日前記足立に対し本件土地の買収期日を同年一〇月一五日と指定した買収令書を交付した。ところが右足立は買収対価の受領を拒絶したので同年一〇月八日右買収対価を供託した。したがって本件土地に対する買収処分は右令書を右足立に交付した昭和三二年七月一五日にその効力が生じこれにより国において本件土地の所有権を取得したものである。

(二) ところで、前記足立は昭和二九年一〇月四日本件土地を訴外岩田良一に贈与したとして同日その旨の所有権移転登記をしているのであるが、本件土地の所有権を移転するについては農地法第七三条、同法施行法第一二条により農林大臣の許可を要し、その許可のない所有権移転は効力を生じない。しかして右足立と右岩田間の右贈与についてはその許可を受けていないのであるから右岩田は右贈与により本件土地の所有権を取得していないものである。したがって右岩田が債権者合資会社柴六商店に対する債務のため本件土地につき設定した抵当権も無権利者の設定した抵当権として無効であり該抵当権の実行としてなされた前記競売事件において、原告が競落してもこれが所有権を取得するいわれはない。

4  右訴訟は、第一審において原告敗訴となり、これに対する控訴審(福岡高等裁判所昭和三六年(ネ)第五七〇号事件)においては原告勝訴の判決がなされ、これに対する上告審(最高裁判所昭和三八年(オ)第四二八号、第四二九号事件、昭和四〇年七月一三日言渡)においては右控訴審判決が破棄され原審たる福岡高等裁判所へ差戻しとなった。差戻し後の控訴審(福岡高等裁判所昭和四〇年(ネ)第五四一号事件昭和四一年四月二六日言渡)においては控訴を棄却する旨原告敗訴の判決がなされ、これに対する上告審(最高裁判所昭和四一年(オ)第九二〇号事件、昭和四三年一〇月二四日言渡)においては上告棄却の判決があり結局原告敗訴の判決が確定するに至った。

5  原告は前記競売事件における競落が無効であることは予想できず、競落代金を納するはもちろん、前記のとおり長期間にわたり多額の費用を支出して係争を続けたが、遂に原告の敗訴に帰し、別紙計算書記載のとおり金八八万〇〇五〇円の支出を余儀なくされ同額の損害を蒙るに至ったものである。

6  原告の蒙った右損害は、国家公務員たる福岡法務局二日市出張所の登記官ならびに福岡県農地係員の職務執行に関する次の如き過失に基づき生じたものであるから、被告は国家賠償法第一条第一項に基づき原告に対しその損害を賠償すべき責任がある。

(一) 登記官の過失

本件土地は自作農創設特別措置法第四一条により被告国が前記足立知信に売渡したものであり、しかも、昭和二六年四月二八日右売渡処分を原因として登記がなされているので、本件土地が開墾地であることは登記簿上極めて明白である。したがって右売渡のときから起算して八年以内においては農林大臣の許可を受けなければ所有権を移転することができない(農地法第七三条、同法施行法第一二条)。しかして前記自作農創設特別措置法が昭和二一年一二月二九日から施行されていることは公知の事実である。よって昭和二九年一〇月四日なされた前記足立と前記岩田間の前記贈与が前記売渡処分から八年の法定期間経過後であるということは絶対あり得ない。けだし前記法律の施行前に同法による売渡処分があり得ないことは自明の理であるからである。一方、登記原因につき第三者の許可、同意、または承諾を要するときはこれを証する書面を登記官に提出することを要し、これに反する登記申請は登記官において却下しなければならない(不動産登記法第三五条、第四九条)。しかして、本件土地につき前記贈与を原因としてその所有権を移転するには農林大臣の許可を要したこと前記のとおりである。したがって右期間内に所有権移転登記の申請をなすには農林大臣の許可を証する書面を提出せねばならず、もし、右書面を提出せずして右登記の申請をした場合には右贈与が前記法定期間内であること前記のとおり形式上明白であるからして、登記官としては前記法条に基づき右申請を却下しなければならない。

しかるに前記二日市出張所登記官は、右義務に違反して農林大臣の許可を証する書面の提出のないまま漫然と、本件土地につき前記贈与を原因とする所有権移転登記申請を受理した過失によりその登記を了したものである。

(三) 農地係員の過失

国は本件土地を前記のとおり昭和三二年七月一五日、前記足立から買戻したとしながらその所有権につきその旨の登記を経ることを怠ったため前記柴六商店が右事実を知らずその後前記抵当権の設定を受けたものである。いやしくも国が本件土地につき所有権を取得した以上国家公務員としての係員には真実の権利関係に符合するよう登記を了し、第三者に誤信を生ぜしめないように処理する職務上の注意義務が存する。しかるに本件土地の係員は右注意義務を怠った過失により右主張の如き登記を了することなく放置した。

7  登記官に右主張の如き過失がなければ前記贈与を原因とする前記岩田への所有権移転登記もなされていなかったであろうから、前記柴六商店のため前記抵当権の設定も、それに基づく前記競売手続も行われなかったであろうこと明らかである。また農地係員に前記過失がなく国の所有権取得の登記を遅滞なくなしていたとすれば、前記岩田の所有権移転登記は現存しなくなるのであるから、これまた柴六商店のため抵当権が設定されることも、それに基づく競売手続も行われなかったであろうこと明らかである。

8  よって原告は被告に対し本訴請求におよんだものである。

二、請求原因に対する被告の答弁および抗弁

1  答弁

請求原因1の事実は認める。ただし福岡法務局二日市出張所の競落登記受理年月日は昭和三四年四月四日である。同2ないし4の各事実は認める。同5の事実は否認する。同6(一)の事実中原告主張の登記官が農林大臣の許可書の添付がない登記申請を受理し、所有権移転登記を了したことは認めるが、その余の事実は争う。同(二)の事実は争う。同7の主張は争う。

登記官に原告主張の如き過失はなかった。不動産登記法上登記申請に関する登記官の審査は形式的審査主義を採用しているのであり、登記官は登記申請時において形式的に登記簿、申請書および附属書類から、不動産登記法第四九条に規定する却下事由の有無につき審査すれば足りるものである。前記土地を訴外足立知信に原告主張のとおり売渡したことによる登記関係を見るに、右土地が未登記であったため、福岡県知事は昭和二六年四月二八日自作農創設特別措置法登記令第一九条の二の規定により所有権保存登記の嘱託をした。右嘱託に基づいてなされた所有権保存登記は、その性質上所有権移転登記とは異なり売渡の年月日は記載されなかったのであり、記載されたのは嘱託書の受付年月日、受付番号、所有権者の氏名、住所、登記の目的のほか、前記特別措置法第四一条に基づく政府売渡であることだけであった。右のとおり当該保存登記には売渡の年月日は記載されていなかったのであるから、登記申請につき形式的審査の権利義務しか有しない本件登記官には前記土地が、前記法条に基づいて売渡された土地であることは判明しても、原告主張の如く農林大臣の許可書の添付を必要とする年月を経過した土地であるか否かは確定の方法がなかったのである。したがって、本件登記官が本件登記申請を受理し登記を了したことは当然でありこの点につき何等の過失も存在しない。

農地係員にも過失はない。国が本件土地を買戻した場合すみやかにその旨の登記をすることは望ましいことではあるが、登記は第三者に対する対抗要件であって買戻した本件土地につき、その旨の登記をするか否かは買戻権者の自由であり原告との関係においてその過失を言及されるいわれはない。

原告主張の損害額についても被告に対するその請求は、いずれも失当である。

2  抗弁

かりに、原告の請求原因事実が認められるとしても、原告の被告に対する本件損害賠償請求権は次に主張するとおり時効によって消滅しているので、被告は本訴において右時効を援用する。国家賠償法に基づく国または公共団体に対する損害賠償請求権の消滅時効については同法第四条により民法第七二四条が適用され、したがって、右請求権は被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから三年間これを行使しないときその短期消滅時効は完成するのである。

(一) 原告主張の本件不法行為は、原告が請求原因6において主張するとおりである。

しかして右の事実が原告に判明したのは、原告と訴外中川康隆間の福岡地方裁判所昭和三六年(ワ)第一八〇号土地明渡請求事件の第一回口頭弁論期日である昭和三六年五月九日である。けだし、被告は右期日において補助参加人として原告が請求原因3において主張する事実を記載した答弁書を陳述し、原告はその際本件登記官が農林大臣の許可を証する書面を添付しない所有権移転登記申請を受理したことを認めたからである。したがって原告は遅くとも同日、原告が本件において主張する本件不法行為の存在を知ったといわねばならない。原告は右年月日前に既に原告が本訴において損害として主張しているところの費用を支出していたのであるから右損害も同日までに知っていたといわざるを得ない。よって原告の被告に対する本件損害賠償請求権の短期消滅時効は遅くとも右昭和三六年五月九日から進行を開始し三年を経過した昭和三九年五月八日に完成した。

(二) かりに短期消滅時効の完成についての右(一)の主張が認められないとしても前記訴訟につき第一回目の最高裁判所の原告敗訴判決(差戻し判決)が言渡され右判決正本が原告に送達された昭和四〇年七月中旬頃、原告は本件土地の所有権を取得する見込みがないことが客観的に明白になったのであるから、その時から右短期消滅時効は進行を開始しその頃から起算して三年を経過した昭和四三年七月中旬頃完成した。

(三) かりに右(二)の主張が認められないとしても、前記訴訟の前記最高裁判所差戻し後の控訴審において、原告は敗訴の判決を言渡され、右最高裁判所の判決と差戻し後の右控訴審判決を総合して考えれば、原告は前記訴訟において勝訴する見込は殆どなくなったのであるから遅くとも右差戻し後の控訴審判決正本が原告に送達された昭和四一年五月一七日から右短期消滅時効は進行を開始し、三年を経過した昭和四四年五月一六日に完成した。

三、抗弁に対する原告の答弁

被告の控弁事実中、その主張にかかる訴訟の提起、その各審級における判決内容その経過原告が競売代金その他の費用を既に支出していたこと、は認める。しかし被告主張の本件短期消滅時効の起算点はいずれも否認する。

前記訴訟は、各審級における判決内容が各別異であることから明白なとおり難事件であって、原告としては昭和四四年七月一六日なされた最高裁判所の、上告を棄却する旨の最終的な原告敗訴判決があって初めて前記足立、岩田間の本件土地の贈与が無効であることおよび本件土地を対象とする柴六商店の抵当権ならびにそれに基づく競売が無効であることを確知するに至ったものである。それと同時に、この時初めて本件競売代金その他の出資が無駄な支出であり原告の損害であることを知ったものである。右訴訟において、もし贈与を有効とする判決が確定すれば、前記贈与を原因とする所有権移転登記の瑕疵の有無に関係なく右費用の支出は当然何等損害となるものではない。すなわち、損害となるか否かは前記贈与の有効、無効にかかっているのである。しかるにその判断は前記のとおり各審級において異なるところであった。したがって原告においてその判決確定前に右有効、無効を知ることは到底不可能であり無効とする判決確定によって初めて知り得べきことであり、右費用の支出が損害であることを知るのも当然右判決確定の時と解される。よって被告主張にかかる本件短期消滅時効の起算点も、右判決確定の時からとすべきである。よって、本訴の提起当時未だ右短期消滅時効は完成していなかったものである。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告の本訴損害賠償請求権の成否の判断はしばらくおいて先ず被告の消滅時効の抗弁につき判断する。

1  抗弁事実中次の各事実は当事者間に争がない。

(一)  原告は本件土地の占有者訴外中川康隆に対し土地明渡請求訴訟を福岡地方裁判所へ提起し右訴訟は同裁判所昭和三六年(ワ)第一八〇号土地明渡請求事件として係属した。被告国は右訴訟につき同年四月六日中川の補助参加の申立をなし、原告が請求原因3において主張するとおりの事実を主張したが、特に次の点が本件に関連するものである。

本件土地を国から昭和二四年八月一日売渡を受け、その後昭和三二年七月一五日国から買戻処分を受けた訴外足立知信は、昭和二九年一〇月四日右土地を訴外岩田良一に贈与したとして同日その旨の所有権移転登記をしているのであるが右土地の所有権を移転するについては農地法第七三条、同法施行法第一二条により農林大臣の許可を要し、その許可のない所有権移転は効力を生じない。右足立と右岩田間の右贈与についてはその許可を受けていないので右岩田は右贈与により右土地の所有権を取得していないものである。したがって右岩田がその債権者合資会社柴六商店に対する債務のため右土地につき設定した抵当権も無権利者の設定した抵当権として無効であり該抵当権の実行としてなされた原告主張の競売事件において原告が競落しても、これが所有権を取得するいわれはない。

(二)  右訴訟は第一審において、原告敗訴となりこれに対する控訴審(福岡高等裁判所昭和三六年(ネ)第五七〇号事件)において原告勝訴の判決がなされ、これに対する上告審(最高裁判所昭和三八年(オ)第四二八号、第四二九号事件、昭和四〇年七月一三日言渡)においては右控訴審判決が破棄され原審たる福岡高等裁判所へ差戻しとなり差戻し後の控訴審(福岡高等裁判所昭和四〇年(ネ)第五四一号事件、昭和四一年四月二六日言渡)において控訴を棄却する旨原告敗訴の判決がなされ、これに対する上告審(最高裁判所昭和四一年(オ)第九二〇号事件、昭和四三年一〇月二四日言渡)において上告棄却の判決があり、結局原告敗訴の判決が確定するに至った。

(三)  原告は本件土地の競売代金その他の費用を既に支出していた。

2  抗弁事実中、原告が、昭和四〇年七月中旬頃、前記最高裁判所の原告敗訴の判決(差戻し判決)の判決正本の送達を受けたこと、おなじく原告が昭和四一年五月一七日右差戻し後の控訴審がなした原告敗訴の判決正本の送達を受けたこと、は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

3  ≪証拠省略≫によれば次の各事実が認められその認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  前記訴訟において被告が第一審において訴外中川の補助参加人として主張した前記事実のうち、前記足立と岩田間に本件土地の贈与契約が締結され、即日その旨の登記をしたこと、右贈与について農林大臣の許可を得ていないものであることは、右訴訟の第一審口頭弁論終結時において原告の認めるところであり、第一審判決は、右贈与はそれ故に農地法第七三条、同法施行法第一二条により無効である旨、また被告の買戻処分についてもこれを有効と判示した。

(二)  前記最高裁判所は、原告の右贈与は本件土地についての国の買収期間が経過し、足立において、本件土地を自由に処分し得るようになった場合に本件土地の所有権を岩田に移転する旨の停止条件付贈与契約であった旨の主張を肯認した前記控訴審の原告勝訴判決を、右贈与契約は特段の事由がない限り、本件土地の所有権を契約成立と同時に足立から岩田へ移転する趣旨でなされたものと解するのが相当であるとし、本件土地の所有権の移転が贈与契約の成立と同時に生じない特段の事由として右控訴審が判示した右契約の趣旨の認定がこれに照応する資料を欠くとし審理不尽、理由不備を理由として破棄し、右事件を原審たる福岡高等裁判所へ差戻ししたのである。

(三)  右差戻しを受けた右控訴審は更に審理を重ね、右贈与契約は原告が主張するような停止条件付契約ではなかった、しかも右贈与には前記第一審判決が判示したとおり農林大臣の許可を受けていないから無効である旨、また被告が行った買戻処分も有効である旨明示した。

(四)  原告は右各審級いずれをも通じて同一訴訟代理人をもって訴訟を遂行したものである。

4(一)  国家賠償法に基づく国または公共団体に対する損害賠償請求権の消滅時効については同法第四条により民法第七二四条が適用され、したがって右請求権は被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから三年間これを行使しないときその短期消滅時効は完成すると解される。

(二)  ここにいわゆる「損害を知る」とは損害を伴うこと常態とする違法行為のなされたことを知る意味であり、また「加害者を知る」とは、国家賠償法に基づく損害賠償責任については被害者が国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員としての不法行為であることを知れば加害者を知ったものであると解するのが相当である。

しかして、不動産取引において登記簿が、その表象する権利の帰属、変動の態様について果す役割は強大でありその点からして登記に関する違法行為が損害を伴うことを常態とするものであると解さざるを得ない。

5(一)  原告は前記認定のとおり第一審口頭弁論終結時において登記官が農林大臣の許可を証する書面の添付なしでなされた足立、岩田間の贈与を原因とする所有権移転の登記申請を受理したことを認めているのであり、しかして差戻し後の控訴審は前記の如くその判決中において右贈与が無効であることを明言しているのである。

右の各事実に、前記認定にかかる前記訴訟の推移等本件事実関係を併せ考えれば、原告は、おそらくは最終的な事実審となるであろう可能性の極めて強い右差戻し後の控訴審のなした原告敗訴の判決正本の送達を受けた昭和四一年五月一七日、国の公権力の行使にあたる公務員たる本件登記官等が原告が本件において主張するような登記に関する不法行為をなしたことを了知したというべきである。

(二)  そうだとすると、かりに原告主張の本件損害賠償請求権が発生したものとしても、原告は前記差戻し後の控訴審判決の正本が送達された昭和四一年五月一七日、損害および加害者を知ったものといわなければならない。

(三)  原告は前記差戻し控訴審の判決に対する上告審判決すなわち最高裁判所が昭和四三年一〇月二四日言渡した上告を棄却する旨の最終的な原告敗訴の判決が確定したときに初めて原告は本件登記官等の不法行為による損害を知ったものである。したがって本件損害賠償請求権の短期消滅時効は右判決の確定の時を起算点とすべきである旨主張する。しかしながら、前記訴訟における訴訟物は前記のとおり所有権に基づく土地明渡請求であり、その主要な争点は右訴訟物と先決関係に立つ所有権の帰属に関してであり、すなわち被告が前記足立に対してなした買戻処分が有効であったか否か、足立、岩田間の前記贈与契約が有効であったか否かであった。もっとも本件訴訟に関係する右贈与を原因とする所有権移転登記の完了も右争点と関係するものであり本件訴訟の視点からすれば、その限りにおいて、極めて重要な意味を持つものであったけれどもそれは少くとも前記訴訟においては派生的問題に過ぎなかったと認められ、だからこそ右登記申請に関する点は前記のとおり当事者間に争いのないところとして現われたと見るべきである。とするならば、右登記に関連する前記主要な争点についての各審級の判断の推移から見て、とりわけ差戻し控訴審の判決において前記のとおり明確な判示がなされたという点から見て就中前記認定のとおり前記訴訟が各審級同一訴訟代理人によって遂行されたという点を併せ考えると前記のとおり右控訴審判決送達の時をもって原告が損害を知った時と認めるのが相当であり、原告主張の如く原告敗訴の上告審判決の確定をまたなくては、その損害を知り得ないとは解されない。

よって被告の右短期消滅時効の起算点に関する主張は採用できない。

6  したがって、本件損害賠償請求権は原告が損害および加害者を知った昭和四一年五月一七日の翌一八日から起算し三年を経過した昭和四四年五月一七日の満了とともに短期消滅時効は完成したものと認むべきところ、本訴提起の日が昭和四四年六月四日であることは訴状の受附印から明らかである。よって被告の時効の抗弁はその余の主張につき判断するまでもなく理由がある。

二、以上の次第で、その余の争点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

〈以下省略〉

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